かつて東京・吉祥寺にあった「諸国空想料理店 kuukuu」というレストランのシェフを経て、料理家となった高山なおみさん。たとえば“じゃがいもは丸ごと皮ごとゆっくり茹でる”“すりつぶす作業はフードプロセッサーではなくすり鉢で”など、シンプルかつ丁寧な調理法で素材本来のおいしさを引き出す家庭料理で人気を博しています。また文筆家としての顔も持ち、暮らしや料理、家族のことなどを、気取らず柔らかく、生命力に満ちた独特の文章で綴ったエッセイでも多くの人々を魅了。そんな高山さんはこの春、絵本の制作に集中するため、長年暮らした吉祥寺を離れて二十数年ぶりの一人暮らしを始めたのです。神戸の新居を訪ね、絵本づくりのことや新たな環境での暮らしぶりについて伺いました。

言葉が溢れ出す体験を経て絵本づくりの魅力の虜に。

この春から高山なおみさんが暮らし始めたのは、長い長い急坂を上りきった丘の上に建つアパートメント。高山さんの部屋はメゾネットで、下の階は広々とした居間とコンパクトなオープンキッチン、バストイレ。小さな内階段を上った先が寝室です。50 年以上前、外国人居住者用につくられた建物なので天井が高く、どことなく異国情緒が漂います。なんといっても魅力的なのが、南側の大きな窓からの眺望です。市街地や大阪湾が一望でき、どこまでも広がる空を独り占めしているような気分に。そしてアパートのすぐ北側には六甲山系の摩耶山がそびえていて、玄関を開けると澄み切った風が南の窓へと通り抜けていきます。

窓の外には美しい海と空が広がっています。

高山さんへのインタビューは、食パンづくりと並行して行われました(レシピは文末でご紹介します)。

現在、高山さんの執筆活動の中心は絵本の創作。その第一弾として今年6月に出版された『どもるどだっく』の制作がスタートしたのは、2015年春のことです。
「私、子どもの頃に吃音があったんですね。そのことはいくつかのエッセイに書いています。それを読んでくださった編集者さんから“コンプレックスを克服して、プラスにされていることを絵本にしませんか?”というお話がありました。私は、コンプレックスは生きるうえでの相棒のように思っているところがあり、克服したとはちっとも思っていないのだけど、“自分に吃音があるという自覚がまだなかった4歳の頃に見えていた、生き生きとして眩しかった世界のことなら書けるかもしれません”とお引き受けしたのがすべての始まりです。」

生地をこねるのは床の上で、窓の外の空を見ながら。
「粉、水、塩、じゃがいも、米など、まざりけのない素材を使い、その食材の持っている力で料理するのが好きです。あまり人の手を加えなくても、すでに充分おいしさに満ちていると思うから。」

この日はポカポカ陽気だったので、発酵は窓辺で。

高山さんの五感に、小さな奇跡が起こったのは、それから数ヶ月後、手づくりの音楽フェスティバルの手伝いで訪れた博多湾に浮かぶ能古島で迎えた朝のことでした。
「目が覚めたら、なんだかとても目がよくなっていて、小さな虫の関節や、花のおしべなんかがくっきり見えるし、土間で朝食をつくっている友人の声が、意味のある言葉ではなく“音”そのものとして聞こえたんです。私が4歳の頃、まだ自分と世界の間に“境”がなくて、猫とも鳥とも一体になれた、あのすごく幸せな時代に戻っちゃったみたい。あわててスケッチブックを取り出し、見えたもの、聞こえた音、感じたことをすごい勢いで書きとめました。」
東京に戻り、そのスケッチブックの記録をもとに絵本づくりを進めますが、まったくうまくいきません。
「“あの感覚を知っているのは私なのだから、絵にできるのは自分しかいない”と何十枚も描いてみたけれど、ちっともうまく表現できないし、お話はいかにも大人が考えた頭でっかちな筋書きに向かってしまう……。もうにっちもさっちもいかなくなってしまいました。」
そんなとき近所の図書館の絵本コーナーで、中野真典さんの絵と出会います。「この方なら、もしかすると私が感じた世界を絵にしてくれるかもしれない」と直感した高山さんは、中野さんの元を訪ね、絵の制作を依頼。「言葉で説明する前に、すーっと伝わる感じがありました。中野さんは”僕がなおみさんになって描けばいいんですよね”とおっしゃってくださり」すぐに共作が始まりました。
「中野さんの絵を見ていると、言葉や物語が指先からどんどん溢れてくるんです。きっと料理の本やエッセーの文章は大人の私が書いていたんでしょうね。今は4歳の私がフタを開けて外に飛び出し、大暴れしている感じです。」

どもるどだっく
高山なおみ/文 中野真典/絵
ブロンズ新社

なんでもなめて、さわって、においをかいで……。身近ないきものから雄大な自然まで、4歳のなみちゃんが全身で感じとっていた豊かな世界が、中野真典さんのダイナミックな絵とともにみずみずしく描かれています。

窓の外には美しい海と空が広がっています。

高山さんへのインタビューは、食パンづくりと並行して行われました(レシピは文末でご紹介します)。

生地をこねるのは床の上で、窓の外の空を見ながら。「粉、水、塩、じゃがいも、米など、まざりけのない素材を使い、その食材の持っている力で料理するのが好きです。あまり人の手を加えなくても、すでに充分おいしさに満ちていると思うから。」

この日はポカポカ陽気だったので、発酵は窓辺で。

寝室へ向かうカラフルな内階段とかわいい小窓。

居間の中央に敷かれたラグは、高山さんが染織学校に通っていた20代の頃につくったもの。「ここよりも狭かった吉祥寺の家には似合わず、長年しまいこんでいました。」

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