東洋文化研究者 アレックス・カーさんは、40年以上にわたって日本に暮らし“古くて価値のないもの”として打ち捨てられていた日本各地の古民家を再生。地域振興につながる“古民家リノベーションの先駆者”であり、日本の美しい景観を守るための提言や活動も行なっています。
いちばん新しい古民家再生プロジェクトの舞台は、京都府亀岡市。朽ちて傷んだ空き家から素敵な宿泊施設へと生まれ変わったばかりの古民家と、築400年の建物をリノベーションしたご自宅を拝見しながら、古民家の魅力や日本で出会った“美”について伺いました。

亀岡「“離れ”にのうみ」には「応挙」、「梅岩」、「了以(りょうい)」という3棟の客室があります。この写真は「了以」のリビング。キッチンは最新タイプで基本的な調理道具や食器も完備されています。「古民家再生ってパズルみたいなもの。昔のいいところを残しつつ、現代性や快適性も取り入れたいので、そのバランスが微妙なんです。」

自由な発想で
古民家を快適空間に再生。

京都近郊の亀岡駅から15分ほど歩いたところに、およそ築100年の古民家をリノベーションした「"離れ"にのうみ」があります。ここは、明智光秀が築いた丹波亀山城の旧城下町の一角。周囲には歴史的な建物も多く、風情のある街。そこに暮らすような感覚で、京都・亀岡の文化や歴史と、伝統的な日本家屋の魅力を同時に満喫できるのが「にのうみ」です。

「敷地内の大小4つの庭をめぐるように建てられているのもぜいたくですよね。もともとはおそらく、大正時代の数寄者が建てたのだろうと踏んでいます。母屋と離れを渡り廊下でつなぐ造りに遊び心が感じられるし、窓枠の仕上げひとつとっても風情がある。実は僕、1970年代末に既にこの家と出会っていて、事務所用に借りていた時期もあるので、今回のプロジェクトはいつも以上に楽しみながら手がけました。」と楽しそうに案内して下さるアレックスさん。

室内を彩るのは、掛け軸、屏風、鍋島緞通といった、若い頃から熱心な古美術収集家でもあるアレックスさんご自身のコレクション。ライトアップする光の向きを細かく調整したり、要所要所に行灯を置いたりと、照明にも気を配り効果的に照らされています。
「古民家の再生は、日本の古い建物特有の暗さとの闘いなんです。だからといって、部屋全体を蛍光灯で均一に明るくするなんて絶対にダメね(笑)。“食卓の上は明るくするけれど、このあたりの床は暗いままで”というように、明るさに濃淡をつけると空間が生きてきますよ。」

アレックスさんが手がける古民家再生は、その家本来のゆったりした空間の雰囲気と、細やかな意匠、柱や梁などは極力残しつつ、快適性に関しては現代のテクノロジーを大胆に取り入れるのが特色。歴史を重ねた建物ならではの趣をじっくり楽しめると同時に、“寒い、暗い”が当たり前だった古い民家も、こんなに暮らしやすくなるということを身をもって発見できるのです。
この「にのうみ」のもうひとつの特徴は、丸ごと我が家のように自由に使える一棟貸しが基本だということ。
「古い家を綺麗にして一棟貸しするというのは、欧米では大昔から定着している宿泊スタイルなので、彼らは日本を旅するときも、田舎や歴史のある街で古い家に滞在したいという希望を持っているんですね。でも、これまで日本にはその受け皿がなかった。ヨーロッパだとどんな田舎町にも可愛らしいB&Bなんかがあるでしょう?僕に言わせれば、亀岡みたいに昔から文化的な町に、小さくて洒落た雰囲気の宿が一軒もなかったことの方が不思議なんです。」
アレックスさんが最初に古民家再生を手がけたのは2003年。京都の町家10軒を直し、一棟貸しを始めました。
「いろんな人から“フルサービスの旅館に慣れている日本人は、こういう施設は利用しない”と言われ、僕らも外国人客が中心になると予想していたのですが、いざ蓋を開けてみたら、8割が日本人でした。やっぱり日本人だって、美しくて味わいのある空間には魅力を感じるし、“町家ってどんな感じだろう?”と古い住まいに対して興味津々なんですよ。」

京都の水運の礎を築いた豪商・角倉了以(すみのくら・りょうい)に因んで名付けられた「了以」の寝室。壁の掛け軸には、物資を運ぶいかだで保津川を下る様子が描かれています。その横に見える丸窓はもともとあったもの。天井を取り払って小屋吹き抜けとし、開放的な雰囲気に。

「にのうみ」外観

「応挙」の廊下には、孔子の言葉「一以貫之(一を以て之を貫く)」←ルビの屏風書。アレックスさんの手によるもの。

「応挙」の玄関では、雅楽「陵王」の場面を描いた、明治時代の屏風がお出迎え。アレックスさんが古美術品のコレクションを始めたのは1960年代。「当時の日本人にとっては“古くて不要なもの”だったから、高いお金を出さなくても買えたんです。」

「応挙」のリビングからながめる中庭。「古民家再生ブームの中心にいるのは若いひとたち。こういうものに惹かれるセンスがある。」

アレックス少年の心をとらえた
日本の伝統的な住空間。

日本文化への深い造詣と美意識をお持ちで、白洲正子さん、坂東玉三郎さん、司馬遼太郎さんといった方々とも交流が深く、さまざまな形で私たちに“日本の美”を気づかせてくれるアレックスさん。そもそも、なぜ日本で暮らすようになったのでしょう。
その発端は、東京オリンピックが開かれた1964年にまでさかのぼります。中学生だったアレックスさんはお父様の転勤に伴って来日し、横浜で2年間暮らしたのですが、そのとき強く心を動かされたのが、昔ながらの日本の住まいでした。
「母が国際的な婦人会のメンバーで、彼女たちは月に1~2回、当時まだ東京や横浜にいくつも残っていた日本の伝統的なお屋敷に集まって昼食会などをしていました。僕もよく連れていってもらったので、いろんな家を見学する機会があったんです。欧米の家も今の日本の家も、玄関を上がったらすぐにリビングでしょ? でも昔の日本のお屋敷はそうじゃない。長い廊下を通って奥へ進むと、突き当りにはまた廊下。さらに歩いていって、ようやく奥座敷にたどり着く。子供心にワクワクしましたよ。しかも襖や障子を開け閉めするだけで、空間がドラマチックに変化する。よく“日本の建物はシンプルだ”と言われますが、それこそ桂離宮なんて驚くほどトリッキーでしょう。いろんな工夫や空間の交わりによって、ストーリー性を演出しているのが、日本の伝統建築なんですよ。」

その後アレックスさんは、何度も日本と海外を行き来しながら少年期を送り、1969年にはアメリカ・イェール大学の日本学部に入学。ヒッチハイクで日本を一周していた1971年夏、徳島県三好市祖谷(いや)で日本への移住を決定づける衝撃的な景色に出会うのですが、そこから先の物語は後篇で。

1964年に初めて日本に来たときのアレックスさん

中庭の蹲踞(つくばい)。「庭の造作は亀岡に上手な職人さんがいて、お任せしいています。」

「応挙」のリビングから見える日本庭園。生け垣で区切られた向こう側の庭園は「了以」のリビングから楽しめます。

「了以」のリビングの一角。「ここは、以前は押入れだったスペース。大きな窓を開けて庭が眺められるようにしました。」

アレックス・カー
Alex KERR

東洋文化研究者、作家。1952年アメリカ・メリーランド州生まれ。
1964〜1966年、父親の赴任に伴って横浜に住む。1974年、イェール大学日本学部卒業。在学中に慶應義塾大学国際センターで日本語研修。その後、オックスフォード大学ベーリオル・カレッジで中国学を専攻。1977年から京都府亀岡市に在住し、書や古美術、日本の伝統芸能の研究に取り組む。2004年、京町家を再生した宿泊施設の運営をスタート。その後、徳島県祖谷、長崎県小値賀町、奈良県十津川村などで、古民家再生プロジェクトをプロデュース。景観保存活動や講演、文化イベントのプロデュースなど幅広く活躍中。主な著書は「美しき日本の残像」(朝日文庫)、「犬と鬼」(講談社)、「ニッポン景観論」(集英社新書)。

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