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京都・嵯峨野で母・ふくみさんと共に「都機工房(つきこうぼう)」を営む染織家・志村洋子さん。工房では、繭からとった絹糸を自然の草木で染め、機で織って着物にするまですべての行程を手作業で行っており、植物が持つ色を巧みに引き出し色彩豊かに織りあげた作品の数々は、人々の心を惹きつけてやみません。

豊かな自然と人々の感性が育んだ
草木染めの世界。

茜色(あかねいろ)、山吹色(やまぶきいろ)、萌黄色(もえぎいろ)、藤色……。日本には400を超える和色(伝統色)が存在し、その色名の多くは、草木から名づけられています。人々は古来より豊かな自然が生み出す色彩の神秘を感じ、時には貴重で神聖なものとして色を扱ってきました。それらの美しい色を生み出す方法として、古くから行われてきたのが“草木染め”です。
植物の葉、枝、樹皮、根などから色素を煮出して糸や布を染め、灰や鉱物の力でそれを定着させる、というのが草木染めの基本的な手法。すべてが天然の素材で、天候などによっても色素が変化するため、同じ種類の植物を使っても、まったく同じ色には染まらないのだそうです。
日本で草木染めが始まった正確な時期はわかっていませんが、弥生時代の吉野ヶ里遺跡から出土した絹織物の糸から“日本茜”の染料が検出されており、その頃すでに日本でも染色が行われていたと考えられています。草木染めが大きく発展したのは飛鳥・奈良時代。正倉院の染織品からも、その高度な技術をうかがい知ることができます。

この長い歴史をもつ伝統技術を駆使し、芸術性の高い作品を生み出しているのが、今回お話を伺う志村洋子さんです。
草木染めというと、つつましく控えめな色合いを想像する方が多いかもしれませんが、洋子さんがお弟子さんたちと染め上げた糸は、夕焼け空のような茜色、陽光のように透き通った黄色、やわらかいピンクや高貴な紫、そして驚くほど鮮烈な赤や青などカラフルな色も数多く揃っています。
「たとえば桜では、ピンクだけでなくグレーやベージュ色に染めることもできます。“桜でピンクに染める”と聞くと、花びらを材料にすると思われるかもしれませんが、実際には2月から3月の赤く色づいた枝を使います。花びらから色がとれる花は、私の知る限りは紅花だけ。まるで花のように見える色の多くが、枝や根、実、木の皮などで染められているんです。おもしろいでしょう。」
これらの美しい色糸から生まれる都機工房の作品は、たとえば山々を背景にたなびく霞や水面に映る陽の光など、刻一刻と変化する自然の姿を写しとったような微妙なグラデーションを再現します。

“藍”の魅力に誘われ
母と同じ染織の世界へ。

華やかさと奥深さ、素朴さと気品が共存する唯一無二の作品を生み出し続けている都機工房のルーツは、洋子さんの祖母・小野豊さんの時代まで遡ります。
民藝運動を提唱した柳宗悦氏との交流を通じて草木染めの魅力に触れた豊さんは、染織家・青田五良氏の手ほどきを受けました。そして豊さんの影響を受けた娘の志村ふくみさんは、母・豊さんがなしえなかった「染織家」としての地位を確立。それまで普段着とされていた紬織を芸術の領域にまで高め、1990年には重要無形文化財「紬織」の保持者(人間国宝)に認定されています。

そして豊さんの孫にあたる洋子さんもまた、30代で染織の世界へ飛び込むことに。豊さん、ふくみさんを通じて染織となじみがあったものの、その時点まで染織家を目指すつもりのなかった洋子さんの背中を押したのは「藍建(あいだ)て」への挑戦でした。
草木染めは、植物を炊いて色素を抽出し、その染液で糸や布地を染めるのが基本ですが、藍だけは特別。大きな甕の中に、蓼藍(たであい)という植物でつくった糘(すくも)、木を焼いた灰からできた灰汁、さらには日本酒や麩(ふすま)といった“養分”を入れ、温度を調節しながら時間をかけて発酵させることで染液をつくるのです。この過程が「藍建て」と呼ばれています。「藍建て」はとても手間がかかる上に、藍の状態や自然の作用である「発酵」を見極めるための経験や鋭い感性が必要。藍を建てることに一生を捧げる職人もいるほど大変な仕事です。 「母が懸命に藍建てに取り組んでいる様子を見ながら、なぜ藍という色は日本人にとって特別なんだろうとずっと考えていたのですが、あるとき“日本人の深い精神性を表現するためには、あの色が絶対に必要なのだ”ということに気づき、それなら私が藍建てを引き継ごうと決心したのです。」

草木染めを通じて知る
植物の色の不思議。

都機工房では、藍建ての仕込みは新月の日に行われます。そこから約15日間、毎日様子を見ながら甕の中を撹拌したり、必要に応じて養分を足したり……。発酵がスムーズに進んで藍が上手に育つと、満月の日に深い深い藍色が出来上がります。こうした月の満ち欠けと藍の成長の関係に洋子さんが気づいて以来、都機工房の藍建てはずっとこのサイクルで行われ、常に安定して藍色を染められるようになりました。満月の日の濃い藍の色は、日を追うごとに淡くなっていき、約2ヶ月後にはその一生を終えるのですが、この間何度も藍染めを行うことで、様々な濃淡の藍色を手に入れることができます。

一般的な草木染めでは、欲しい色みを出すために一度染まった色に別の色を掛け合わせることがありますが、都機工房では基本的にすべての色糸を1種類の植物だけで染めています。唯一の例外がグリーン。淡い草色であれば春一番のヨモギなどで染めることができますが、濃く鮮やかな緑色は植物から直接取り出すことができないので、刈安(かりやす)で黄色に染めた糸をさらに藍で染めることでつくりあげています。緑色は自然の中に溢れていて、まさに植物を象徴するような色なのに不思議ですね。
「野山や公園で見つけた植物を持ち帰ると、いずれ緑色が抜けて茶色になってしまうでしょ?草木は生きているから緑なんです。つまり植物の命イコール緑だということ。一方、人間の命は赤で、赤と緑は補色関係にあります。人間が緑に惹かれるのは、これも理由の1つかもしれませんね。」
そういえば、さきほど見せていただいた藍染めでは、最初は鮮明なエメラルドグリーンに……。
「でも、水で洗うにつれ、どんどん青に変わっていきますよね。白い糸を藍に浸した直後はまだ藍の命がかろうじてそこにあったけれど、酸化によって緑が消えて青に変わるんです。緑は本当に不思議な色ですね。」
静かな空間でおごそかに行われる藍染めの様子と、刻一刻と変化する藍の色を拝見し、植物の色の神秘性を実感するとともに、自然から色をいただくことに対する洋子さんたちの畏敬の念を垣間見ることができました。

志村洋子(しむら ようこ)

1949年東京生まれ。
母・ふくみの“藍建て”に興味をもち、32歳で染織の世界に入る。
1989年、京都・嵯峨野に「都機工房」を創立。2013年には京都・岡崎に芸術学校「アルスシムラ」を開校。作家として活躍する一方、次世代の育成にも力を注ぐ。「たまゆらの道〜正倉院からペルシャへ」(共著・志村ふくみ/世界文化社)、「志村洋子 染と織の意匠 オペラ」(求龍堂)など、著書多数。最新刊は「色という奇跡〜母・ふくみから受け継いだもの」(新潮社)。

公式ホームページ しむらのいろ
https://shimuranoiro.com

後篇では、“織り”にまつわるお話や着物の魅力、次世代に伝えていきたいことなどを語っていただきます。どうぞお楽しみに!

続きはシャーウッドclubでお楽しみください