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大ベストセラー「バカの壁」の著者であり、人間のあらゆる営みは脳に由来するという「唯脳論」で、現在の“脳ブーム”の先駆けとなった養老孟司さん。著書や講演のテーマは社会問題から人々の暮らしや文明、さらにはアニメやマンガまで幅広く、科学者ならではの視点と広範な知識を交えた評論は人々の知的好奇心を刺激してくれます。
そんな養老さんが、多忙なスケジュールの合間を縫うようにして没頭しているのが、幼い頃からの趣味である“昆虫の研究”です。その拠点となっている箱根の別荘を訪ね、昆虫研究の魅力、人間の暮らしと自然との関係などについてお話しいただきました。

昆虫の世界にひたるためにつくられた箱根の別荘。

三角おむすびのような中央部はベージュ色の土壁で、両サイドの外装は焼き杉。このおとぎの国を思わせるユーモラスで温かみのある建物が、「養老昆虫館」と呼ばれている養老さんの別荘です。玄関を入るとすぐ目の前に広がるのが、クリの木がふんだんに使われ、高さ7メートルの天窓から光が差し込む吹き抜け空間で、二面の壁に焦げ茶色の標本箱がびっしり並ぶ様は、ヨーロッパの博物館や図書館のよう。2階の棚には桐製の標本箱がたくさん積まれていますが、こちらはスペースに余裕があるので、まだまだ標本が増えても大丈夫そうです。
「きちんと標本にしたのは、まだほんの一部。作業待ちの状態で保管している昆虫が数え切れないほどあって、死ぬまでになんとか片づけないと、と思いながらやってるんですよ。」と、にこやかに話す養老さんに、そもそもなぜこの別荘を建てたのか、うかがってみました。

「標本が増えすぎて鎌倉の自宅に収まりきれなくなり、山梨に場所を借りてそこに一部を置いていた時期もあったのですが、バラバラに保管していると何かと面倒だから専用の場所が欲しくてね。ここは戦前から別荘地だった場所で、女房が探してくれました。」
建物の設計やインテリアに関しては、どんなご希望を出されたのでしょうか。
「なぁんにも。すべて女房にまかせました。僕らの世代は何もない時代に育ってますから、与えられた環境に自分を合わせるんです。本当に何もなかったんだよ。鎌倉のまちなかに、荷物を運ぶ牛や馬がいっぱいいたんだから。それに僕は図面から空間を想像するのが苦手なので、設計者の藤森さんには“適当にやってください。まぁ、標本と僕の置き場だから、お墓みたいなものですね”というようなことだけ言いました。だからほら、なんとなく古墳みたいでしょ?」

大好きな昆虫研究にどっぷりとひたるために建てた「養老昆虫館」は、国内外の昆虫採集愛好家が集まり、互いの研究成果や虫の魅力について語り合う場でもあります。敷地内にある離れは、そんなお客様が泊まれるゲストハウス。馬と鹿の壁画が描かれているため「バカの壁ハウス」とも呼ばれています。

わずか数ミリの虫から地球の歴史がわかる?!

棚の裏側にあたる位置に作られた小部屋が、養老さんが昆虫研究にいそしむ研究室。各種顕微鏡や画像を映すディスプレイ、複数のパソコン、プリンター、標本づくりのためのさまざまな道具などが所狭しと並んでいます。執筆や講演、取材、テレビ出演などで大忙しの毎日なので“泊りがけで箱根に来て虫に集中する日”はあらかじめ確保。文字通り寝食を忘れて研究に打ち込みます。
「虫の研究はお金にはならないから“仕事”ではないけれど、僕の人生の中心。あとのことは付録みたいなものですよ。」

神奈川県鎌倉市で生まれ、子どもの頃から虫を捕まえるのが大好きだった養老さん。小学4年生の夏休みから、昆虫標本をつくるようになりました。そんな昆虫少年に大きな影響を与えたのが、近くに住んでいた磐瀬太郎さんが主宰する“鎌倉蝶話会”です。磐瀬さんは昆虫採集愛好家の指導者として知られ、自宅には大学生を中心に昆虫ファンの若者が全国から集まっていました。彼らの熱心な昆虫談義を、養老少年は部屋の片隅で聞きながら、昆虫に対する興味をふくらませていったようです。なお“鎌倉蝶話会”の交流は今も続いているそうで、「養老昆虫館」が完成してからは、この場所で同窓会が開かれています。

養老さんが長年研究対象にしている「ゾウムシ」という甲虫と出会ったのは、大学生のとき。世界的に研究者が少なかったこともあり、調べれば調べるほどわからないことだらけで、どんどんハマっていったのですが、東大医学部で解剖学者として働き始めると、昆虫採集にかけられる時間は皆無に……。57歳で東大を早期退官したことで、ようやく虫に熱中できる生活を取り戻しました。 それ以来、日本各地はもとよりラオス、ベトナム、マレーシアなどにも足を伸ばしてゾウムシを大量に採集。研究室に持ち帰るとデータを整理し、標本に仕上げます。
その際、それぞれが何という種名のゾウムシなのかを確認するのですが、ゾウムシは名前がつけられたものだけでも22万種類も存在するので、簡単な作業ではありません。しかも、新種のゾウムシを発見することも多く、そうなると資料を揃えたりスケッチを描いたりして、論文を書き上げる必要もあります。養老さんにとってやるべきことは、まさに山のようにあるのです。

ゾウムシの中でも、養老さんが特に注目しているのが「ヒゲボソゾウムシ」というグループ。環境に適応するため、地域によって変異していて、しかも生まれた場所からほとんど移動しないため、その分布を調べることで気候の影響はもちろん、日本列島の地形の変化まで見えてくるのだそうです。
「たとえば四国では、棲みついているヒゲボソゾウムシの種類が東と西で明確に分かれていてね。四国はかつて東西2つの島に分かれていたはずだと僕はにらんでいます。」
わずか数ミリの虫を採集・保存することで、数千万年に及ぶ地球の歩みを知る手がかりが得られる。この壮大な謎ときも、養老さんの昆虫研究にかける情熱のひとつの原動力なのかもしれません。
あなたもこの夏、虫たちの世界に目を向けてみませんか。

養老孟司(ようろう たけし)

1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。
1962年、東京大学医学部を卒業し、解剖学教室に入る。1981年、同大学医学部教授に就任。1989年には著書「からだの見方」でサントリー学芸賞受賞。1995年に教授を退官し、同大学名誉教授に。
2003年、「バカの壁」が戦後屈指のベストセラーに。2005年、箱根の別荘が完成。近著に「京都の壁」(PHP研究所)、「超老人の壁」(共著・南伸坊/毎日新聞出版)などがある。

後篇では、人間の暮らしと自然をめぐる養老さんの持論について、 ざっくばらんにお話しいただきます。どうぞお楽しみに!

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