地面から約2mの樹上につくられたゴリラのベッド

山極寿一さんは、40年以上にわたりアフリカでゴリラの調査を続けてきたゴリラ研究の第一人者。霊長類の研究を通じて人間性の起源を明らかにする「霊長類学」の見地から、家族の由来、衣食住の起源、コミュニケーションの重要性といった身近な事象をテーマにした講演や執筆なども精力的に行っていらっしゃいます。今回の森の情報便では、そんな山極さんに“家族”“共同体”“住まい”についてお話を伺いました。

その昔、人間の祖先は
ジャングルの樹の上で寝ていた?!

今から約900万年前のアフリカで、共通の祖先から分かれたゴリラと人間。両者には共通する特徴が少なくありません。そのため、人間の家族、社会構造、文化などの起源を考えるとき、ゴリラの集団を観察することでさまざまなヒントが得られるのだそうです。観察の舞台となるのは、野生のゴリラたちが暮らすアフリカの熱帯雨林。山極さんは1978年からアフリカ各地を繰り返し訪れていて、熱帯雨林での滞在期間は合計6年以上にもおよびます。
調査手法は“個体識別によるフィールドワーク”と呼ばれるもの。ゴリラはふつう1頭のシルバーバック(成熟したオスのゴリラ)と数頭のメスや子どもから成る10頭前後の群れで、日中は森の中を移動しながら果実や葉、樹皮などを食べて暮らしています。山極さんは、その群れの中に入って朝から晩まで一緒に過ごし、その行動をつぶさに観察。そして、名前をつけた1頭1頭すべてのゴリラの行動や関係性を詳細に記録し、研究をされてきました。動物園のゴリラしか見たことのない私たちからすると、まさに未知なる世界ですね。

― 動物園のゴリラには立派な獣舎がありますが、野生のゴリラはどんな“住まい”に暮らしているのですか。
「野生のゴリラにいわゆる“住まい”はありません。彼らは昼間、群れのメンバーたちと森を歩き回る“採食の旅”をしていて、日が傾き始めると安全な寝場所を探します。そして大型肉食動物に襲われないように、樹の上に枝や葉っぱを組み合わせた1人用の“ベッド”をつくり、そこで眠る。ゴリラと同じ大型類人猿のチンパンジーやオランウータンも、樹の上にベッドをつくります。」
※類人猿:霊長類のうち、特にヒトに近縁なゴリラ、チンパンジー、オランウータン、テナガザル類を指す。

― では、人間の“住まい”は、どのようにして生まれたのでしょう。
「かつて熱帯雨林で暮らしていた人間の祖先も、もともとは同じようにベッドをつくっていたのでしょう。しかし草原に進出したことで、ベッドづくりはできなくなってしまった。草原には、高い樹もベッドの材料もほとんどありませんからね。そこで洞穴などの安全な場所で、かたまりあって眠るということを始めたと考えられます。
その後長い年月を経て、人間の集団は大きくなり、複数の“家族”が集まった“共同体”をつくるようになりました。そうなると、夫婦や家族の様々な営みを、“共同体”のほかの人たちの視線から隠すために、プライベートな空間を囲う必要が出てくる……。僕はこれが“人間の住まいの起源”ではないか、つまり住まいも“家族”と“共同体”の関係を反映してつくられたんじゃないかと思っているんですよ。
だから僕の考える“住まい”の定義は、“支柱と屋根に加え、外部からの視線を遮るための壁を備えた構築物であること”。さらにもうひとつ加えると、“繰り返し戻ってきて、そこで暮らしを営むこと”も“住まい”の条件です。」

ガイドとして雇っている現地の猟師と話す山極さん(2005年、コンゴ民主共和国のカフジ=ビエガ国立公園にて)

1990年にカフジ=ビエガ国立公園でゴリラの総合調査を行ったときの、森の中でのキャンプ風景。

ニシローランドゴリラ
©Radius Images / amanaimages

霊長類学者 山極寿一さん

“共感力”が可能にした
「家族」と「共同体」の両立。

― そもそも、人間の祖先はどうして熱帯雨林から草原へと進出したのですか。
「気候変動によってジャングルが縮小したときに、おそらくゴリラやチンパンジーの祖先から追い出されたのでしょう。そして人間の祖先は草原で新たな食物資源を見つけて、森林を離れたわけです。そのときに、食物を分配するという行為が、とても大きな生存戦略になった。
一年中食物資源が豊富なジャングルと違い、草原では食物が広い範囲に散らばっています。そこで我々の祖先は“力のある者が長い距離を歩いて食物を見つけ、二足歩行のおかげで自由になった両手を使ってそれを運び、安全な場所で待っている母子の元へ持ち帰って分配する”ということを始めたのではないか。一説では、これが“家族”という社会単位が生まれたきっかけだとされています。
しかも人間は、食物の分配というものをさらにすすめて“共同体”の仲間たちと一緒に食べるようになった。ゴリラやチンパンジーやニホンザルの場合、普段は集団で暮らしているけれど、食事のときだけは分散し個人単位で食べます。食べ物はトラブルの元だからね。食べ物を子どもだけでなく大人にまで気前よく分配して、常にみんなで一緒に食べるという行為は、サルや類人猿からみると、とっても不思議なことなんですよ。
ところで、人間の祖先が草原で無事生き延びられたのには、“食物の分配”のほかに、もう1つ大事な生存戦略があったと考えられます。

― それは、どんな戦略ですか?
「“共同育児”です。草原はジャングルと違って逃げ場の少ない環境だから、大勢の幼児が肉食動物に襲われ、それをカバーするために人間はたくさんの子ども産まなくてはいけなくなった。多産には“一度にたくさん産む”という方法と“出産間隔を短縮する”という方法があるが、人間は後者を選んだのでしょう。ゴリラやチンパンジーは4年から7年に1回程度しか子どもを産まないのに対し、人間は年子を産むことができますからね。
ここでネックになるのは、赤ちゃんにおっぱいをあげている間は排卵が抑制され、妊娠できないということ。だから出産間隔を縮めるためには、赤ちゃんを早く乳離させなければならない。しかも人間は脳の発達を最優先したせいで、あかちゃんの身体の発達は非常にゆっくりです。
そうなると、1日中サポートが必要な赤ちゃんや幼児を何人も抱えることになるので、とてもお母さんひとりでは育てられない。そこで人間は、複数の家族が集まってみんなで協力しあいながら共同で育児をするということを始めたのではないかと考えられます。
こうしてできあがったのが、“家族”と“共同体”という二重構造から成り立つ人間特有の社会です。

― 人間特有なのですか?
「ええ。“家族”が見返りを求めない集団であるのに対し、“共同体”は集まることで利益が得られる集団。まったく性質が異なるので、この2つを両立させられる動物はほかにいません。たとえばゴリラは“家族的”な集団だけで行動していますし、チンパンジーは常に“共同体”の形で暮らしています。
人間だけが“家族”と“共同体”を両立できたのは、食物の分配と共同育児を実践するなかで、“共感力”すなわち、相手は何を望んでいるか、自分がこういう行動をしたら、相手はどう感じるか、といったことを推し量る力が高まったことが大きい、というのが僕の推論です。」

私たちの祖先は“共感力”の発達によって“家族”と“共同体”の二重構造を両立し、草原で生き残ることができた。つまり“共感力”こそが人間を人間たらしめる大事な要素なのかもしれませんね。しかもそれは、現代社会における家族や共同体とのコミュニケーション、さらには住まいのあり方とも深くつながっているようです。その話題は、後篇でお話しいただきます。

食物を分配するチンパンジー。「チンパンジーやゴリラもときどきは食物を分配しますが、仲間の元へ運んで一緒に食べるということはめったにありません。」

ニシローランドゴリラ
©GYRO PHOTOGRAPHY / a.collectionRF / amanaimages

マウンテンゴリラ
simoneemanphotography / PIXTA(ピクスタ)

©Blend Images / amanaimages

山極 寿一
Yamagiwa Juichi

1952年、東京都生まれ。霊長類学。人類学者、京都大学総長。京都大学理学部卒、同大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学。理学博士。
1978年からアフリカのザイール(現在のコンゴ民主共和国)、ルワンダ、ガボンでゴリラの調査を始める。日本モンキーセンターリサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、京都大学教授を経て、2014年10月より現職。「『サル化』する人間社会」「家族進化論」「野生のゴリラと再会する―二十六年前のわたしを覚えていたタイタスの物語」など著書多数。

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