サイトナビゲーションローカルナビゲーションコンテンツインフォメーション

南極越冬隊に参加し、孤立した極寒のなかで隊員の食事を担った西村淳氏(オーロラキッチン)に、
「一緒に食べる」ことの大切さや、ダイニング、キッチンに求められるものなどについてうかがいました。

 

伹木

そのお宅はどんなスタイルで食事をされているのか、食事の時間はどんな話をしているのか、といったことを伺っていくなかで生活感のようなものが浮かび上がり、それがプランニングの大きなヒントになることが少なくありません。それで興味があるのですが、西村さんが料理を担当された南極越冬隊の「食事」は、どんなようすだったのでしょうか。

西村

観測基地では気象、大気、雪氷などの研究者・科学者が、それぞれ専門の研究に没頭しています。たとえば、オーロラの研究者は日が落ちてから明け方までが仕事の時間。それから仮眠をとるため、朝8時半とかに“晩酌”となります。日本でなら立派なダメ人間ですが(笑)、そんなふうに、食事の時間もバラバラ。だから毎日、夜だけは全員が集まる決まりにしていました。夜の6時半には何があっても食堂に集合!!とね。

伹木

それは、不規則な生活を送る隊員たちの健康を考えて、ということですか?

西村

それもありますが、各隊員は異なる分野の専門家なので接点がない、というか理解し合うことが難しい。そこで、食事の時間だけは研究者ではなく一人の人間に戻って、触れ合える場にしたいと考えたんですね。いわば“魂が娑婆しゃばに下りてくる時間”を毎日、1、2時間はつくりたいと。

伹木

仕事に、学校に、買い物にと家族がそれぞれに出かけ、外での活動を終えて戻ってきて、食卓を囲むといったイメージですね。心からホッとする時間というか。

西村

そうですね。食事をするというより、その日感じたこと、明日どうするかといったことに始まって、他愛もない話をあれこれするわけです。そうすると、お互いのことがだんだん分かっていく。ストイックに研究・調査をしているだけに、どこか人恋しいという気持ちもあって、仕事が一区切りつくとフラッと食堂にやってきて、しょうもないことをしゃべっていく隊員なんかもいましたね。なにしろ、周囲1000km四方には人っ子一人いない氷の世界ですから。

伹木

それは気が遠くなるような環境ですが(笑)、それだけに食べるということは、大きな楽しみだし、そこでの心の共有が大きな支えになったことは想像できます。ある意味、大きな位置を占める料理には相当な気遣いが必要だったのではないでしょうか。

西村

基本的には、なんでもバクバク食べるのですが(笑)、一つ考えていたのは、なるべくその人の普段の食事に近いものをつくろうということです。隊員は全国から集まっているので、今日は北海道Day、次は鹿児島Dayといった具合に、地方地方の特徴ある料理を出したり。これは、とても喜んでもらえましたね。たとえばテングサが原料の寒天は、関東では黒密や酢醤油で食べるデザート、おやつですが、福岡ではテングサに似たエゴノリを使って「おきゅうと」というご飯のおかずをつくる。「お前の地方は、そんなものを食べなければならないほど、貧しかったのか」なんて話をきっかけに、食事の席がワイワイ、ガヤガヤとなって……それがいいんですね。